一部要約
- 岡田氏が教育に関わるようになったのは、今治の学校法人から校長就任を打診されたことがきっかけ。社会がAIやインターネットによって急変する以上、教育だけが変わらないのは不合理だと考えている。
- 正解が誰にも分からない時代には、失敗を避ける従来型の教育ではなく、試行錯誤しながら学ぶ「エラー&ラーン」が必要だという。
- 教育で重視するのは、自ら考え行動する主体性と、多様な人を共通の目的へ自然に巻き込むキャプテンシップ。意見や価値観の違いを「間違い」と見なさず、受け入れる姿勢も重要だ。
- FC今治高校里山校では、生徒たちが自らオープンスクールを企画・運営し、学校の理念を発信したことが次年度の入学者増につながった。生徒の自律的な行動が教育方針の有効性を示した。
- 岡田氏は、厳しい挑戦を通じて眠った本能や力を呼び起こすことを「遺伝子のスイッチを入れる」と表現する。20日間のサバイバル体験や登山、カヤックなどを通じ、自己信頼と自然とのつながりを育む。
- 目指すのは、物質的な成長だけに依存しない精神的に豊かな社会。食料、住居、地域の助け合いを支える基盤を整え、スポーツも地域コミュニティづくりの起点になり得ると考える。
- 次世代に残したいものは「人間らしさ」。AI時代だからこそ、失敗や矛盾、未完成さを含む人間の魅力を守り、自己から家族、人類、そして地球へと愛の対象を広げる視点を大切にしている
FC今治高校里山校の取り組みは、単に「自由な学校」をつくることではなく、生徒が自分で考え、失敗し、他者と目的を共有しながら行動する機会を、学校の仕組みそのものとして設計することにある。主体性は講義で教え込まれたものではなく、実際の責任ある役割、自然の中での困難、教職員による適度な不介入を通じて育まれている。
1. 教育理念:正解を教わる教育から、「自ら試す」教育へ
岡田武史氏は、AIや気候変動などによって従来のロールモデルや既存の正解が通用しなくなる時代を前提にしている。「誰かにどうすればよいかを聞けば答えが得られる」時代ではなく、自分で考え、実行し、失敗から修正する必要があるという認識である。したがって同校は、失敗を避ける教育ではなく、試行錯誤を前提とする「エラー&ラーン」の教育を志向している。
ここでいう主体性は、単なる個人のわがままや自己主張ではない。生徒一人ひとりが「自分はこうしたい」と考え行動する一方で、多様な意見を受け入れ、共通目的に向けて周囲を巻き込む力まで含めている。
2. 具体的な取り組み①:生徒に実際の学校運営を任せる
象徴的なのが、一期生によるオープンスクールの企画・運営である。開校当初、生徒数は定員80人に対して34人で、学校側も保護者も教育方針の成果に確信を持てない状況だった。
しかし、翌年度の中学3年生向けオープンスクールに際し、生徒たちが「企画も運営も自分たちでやらせてほしい」と申し出た。教職員は全面的に介入せず、生徒は受付、駐車場案内、司会、映像を使った学校理念・カリキュラムの説明、在校生・保護者・中学生との交流までを担った。
重要なのは、表面的には「完璧」に見えた運営の裏側で、生徒たちが多くの失敗と修正を経験していた点である。つまり、学校が完成形を与えたのではなく、生徒が失敗を重ねながら成果物をつくった。この経験を見た受験生・保護者の反応によって志願状況も改善し、生徒自身が学校の魅力を外部へ伝える担い手になった。
この事例で主体性が育った要因
- 実際の責任を渡したこと:生徒の仕事が「練習」ではなく、学校の将来に関わる本番だった。
- 大人が過剰に管理しなかったこと:途中報告がなくても口を出さず、生徒に任せた。岡田氏自身が「余計な口出しをしないでください」と言われる場面もあった。
- 成果が可視化されたこと:来場者の反応や志願者増加を通じ、自分たちの行動が現実を変えたと実感できた。
- 失敗が許容されたこと:裏側の混乱も含めて、試行錯誤そのものが学びとして扱われた。
3. 具体的な取り組み②:「主体性」と「キャプテンシップ」の両立
同校は主体性だけを重視しているわけではない。全員が「自分のやりたいこと」だけを主張すれば組織はまとまらないため、岡田氏はこれを補う概念として「キャプテンシップ」を置く。
彼の定義では、リーダーシップが強い個人に従わせるイメージを持ちうるのに対し、キャプテンシップは、共通目的へ何度も立ち返りながら、人々を自然に巻き込む力である。
対立が起きた際も、大人がすぐに正誤を裁くのではなく、「これからも毎日けんかしたいのか」「それを望まないなら、どうすればよいか」と問い返す。これにより、生徒自身が共通目的から落としどころを探すように促す。
また、学校は「違い」を「間違い」として処理しないことを重視する。価値観や考え方の相違を正誤の問題にすると感情的対立になり、解決が難しくなるため、違いを前提に合意形成する力を育てようとしている。
4. 具体的な取り組み③:野外・冒険教育による生きる力の涵養
里山校の大きな特徴は、教室外での困難を意図的に教育へ組み込んでいる点である。岡田氏はこれを比喩的に「遺伝子のスイッチを入れる」と呼ぶ。便利で安全な環境では、人が困難を越えたときに得る自信や覚醒感が生まれにくいという問題意識が背景にある。
高校では半期ごとに週3時間程度、ロープワーク、火起こしなどの野外技術を学ぶほか、以下のような段階的な体験を行う。
- 1年生:お遍路を複数回に分けて歩き、宿泊場所や行程を自分たちで計画する。予定通りに進めない、足が痛くなる、早朝出発になるといった現実の問題に対処する。
- 2年生:冬山で雪洞をつくるなど、より厳しい自然環境で生存・協働の技術を学ぶ。
- 3年生:異文化体験として海外へ行き、自分たちで計画した旅や活動に取り組む。ラオスやベトナムへの派遣が例として挙げられている。
これらは根性論としての「苦労」ではなく、予測不能な状況に対して、計画・判断・協働・修正を行う実践の場である。とくに、お遍路や冬山では、教員が答えを代わりに示せない局面が生じるため、生徒は当事者にならざるを得ない。
さらに、ソロキャンプのように孤独の中で自然と向き合う体験も重視される。夜の森への恐怖や、日の出への感動を通じ、人間が自然から独立して存在しているのではないこと、科学技術が進んでも「絶対に勝てないもの」があることを身体感覚として学ばせようとしている。
5. 主体性が育つプロセスの分析
同校の実践からは、主体性は次の連鎖で形成されていると整理できる。
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答えのない課題を置く
学校行事の運営、長距離移動、野外での生活など、マニュアルだけで解けない課題を与える。 -
生徒に決定権と責任を渡す
大人が細部を決めず、生徒が企画・実行・対外説明まで担う。 -
失敗を経験させる
混乱や失策を即座に大人が回収しない。「失敗してはいけない」ではなく、「失敗からどう立て直すか」を経験する。 -
他者との協働を避けられない状況をつくる
一人では完遂できない活動を通じ、意見の違いを調整し、共通目的を設定する必要が生まれる。 -
成果と影響を実感させる
行事の成功、参加者の反応、学校への志願者増加などを通じ、自分たちの行動が現実に影響するという自己効力感が得られる。
この設計は、自由放任とは異なる。岡田氏自身も、自由を「逃げ場」として選ぶ生徒がいる可能性や、出席・単位など守るべき基準の必要性を認めている。実際に、学校にきちんと来なければ単位を取得できないという線引きもある。
6. 実践上の課題と示唆
取り組みは最初から順調だったわけではない。開校初年度には入学者が少なく、生徒集団も混乱し、教員側には規制や介入を強めたい誘惑があったという。それでも、一定期間「我慢」して生徒を信じたことで、徐々に生徒側から企画や改善提案が生まれた。
一方で、岡田氏は、理念を掲げるだけでは不十分であり、学校としてどこまで介入するのか、何を目指すのかを丁寧に言語化し、ブランディングする必要があるとも述べている。
したがって里山校のモデルは、「自由にさせれば主体性が生まれる」という単純なものではない。目的、最低限の規律、挑戦的な環境、失敗の許容、そして大人の忍耐強い伴走を組み合わせることで、生徒の主体性を引き出すモデルだと評価できる。
総括
FC今治高校里山校は、AI時代・不確実性の時代を生きる若者に必要なのは、知識を正確に再生する能力だけではなく、答えのない現実に踏み出す力だという問題意識から設計されている。
その中心にあるのは、「自ら動く主体性」、「違いを受け入れ共通目的へ向かうキャプテンシップ」、そして困難な自然体験を通じた自己信頼と生きる力である。
